従業員募集の時はニューヨークタイムスの求人広告に
いつも載せていた。
いつも一人の枠に20人位の男女の申込みがある。
セクレタリーのスーインリンが全て面接し、数人に絞って
俺が面接して決定するのが手順なのだがスーが面白い
人間がいるので面接してみてほしいと言って
最終選考に残した。
それは63歳の在米韓国人であるミスターチューだった。
求人欄には以前も書いた通り男女の性別や年齢を記す事は
アメリカではできない。
チュウさんは頭もすっかり後ろまではげていていた。
スーツは着ているが一目で安物とわかるものだった。
しかしそのさえない外観とは裏腹にこの人にはどこか
ひかれるものがあった。
礼儀正しい態度、軍隊調のお辞儀、スピーディーで電光石火の
ような頭の回転、もちろんハングル語と英語のバイリンガルだった。
心配なのは体力なのだが彼はそれを察したのかこれからビルの一階の
売店でコーヒーを買ってくるそれも非常階段を使ってだ。
タイムを計って欲しいと言った。
上着を脱ぎ部屋を飛び出した。そしてすぐに戻ってきた。
タイムは3分だ。コーヒーはこぼれていない。
若い頃、陸軍のレンジャーにいた事があるし今も
身体を鍛えていると言う。
確かにたるんではいない。ここの仕事への興味は大きく
モチベーションも高い。
俺はいつも営業職を採用する時、「あなたをもし採用したら
我社はどんなメリットがありますか?」と聞く事にしている。
自分をプレゼンできない奴にお客に商品をプレゼンできる
訳が無い。
その質問も全て満足のいくものだった。
俺はこの韓国人を採用してみる事にした。
彼は顧客からの電話応対を最初に担当させてみた。
横で彼の英語を聞いているとけっこう笑えるのだ。
「クッド・アイ・アスク・フー・イズ・ティスコーリング」
相手が名乗ったら「オー・マイ・グッド・ネス」とか
日本総領事館の事務員からの電話でも「イエス・サー・ユア・ハイネス」
(了解です閣下殿)とか軽くいいえっていう時でも「ネガティブ・サー」
と言うし、ただ問い合わせの電話の最後にも、「アイ・フィール・レアリー・アプリシエイテッドユア・コール」。また謝るときも「ソーリー・アバウト・ザット」でいいのにチューさんは「アイ・フィール・ディープリー・アポロジアイズ」
となる。
俺はもう横で聞いていて、なんど噴出したか分からなかった。
ただそんなばか丁寧な応対はクライアントには決して評判は悪くなく
相手も笑いながら好印象を持っているのに気がついた。
営業マンが営業する時、商品の説明を立て板に水のように軽やかに
話すのが相手に好印象だとは必ずしも言えない場合もあるんだ。
時には馬鹿丁寧に額に汗を浮かべながら説明につまりながらも
必死で頑張って話し、そしてよく勉強して実は頼りがいがある
営業マンはけっこうクライアントには受けもよく成績もいい。
彼はまさに後者のタイプだった。徐々に給与も上げていった。
しかしなにしろかなり年上なので命令や指示をする時も
俺の性格上偉そうにはできないんだ。
そこら辺は気を遣うかな。
ランチも決して買わないでランチボックスだ。それもご飯だけ。
スーツは着たきりすずめ。他のスタッフからはけっこう笑われて
いたがそんなのは彼はどこ吹く風だった。
ある日独身だと言っていた彼に病気の奥さんが家にいるのが
分かった。彼は実は以前大手の韓国のサラリーマンで
やり手でならしたそうだ。しかし投資で失敗し借金を背負い
心労で奥さんが倒れてしまったのだそうだ。
今は少しでも借金を返し奥さんの為に頑張っているそうだ。
会社でお菓子を配っても彼は食べないで全て持ってかえるのだ。
皆と食事に行ってもレストランでドギーバック(持ち帰り用バック)に
詰めてもらってこっそり持ち帰るんだ。
皆奥さんへ持ち帰って食べさせてあげていたんだ。
夫婦っていいなあ。愛するって素晴らしいなあって思った。
自分が腹減っても俺はもう沢山食べたからいいから
お前食べろよって奥さんに食べさせるなんていいな。