俺の会社は電話交換機サーバーをニューヨークに設置するオーナー
であった訳だがそのT1回線(電話回線の束)を大手電話会社と契約していた。
俺のビジネスは日米の値段差、円高が追い風になり急成長を遂げた。
しかしこのビジネスは永続的なものではないのははっきりしていた。
日本だけが鎖国状態で高い値段で甘い汁を吸える時代はそう続かない。
5年間だけ儲けるだけ儲けてやろうと思った。
俺が契約した大手電話会社だけでもスプリント社、ワールドコム社、
AT&T社、ケーブル・アンド・ワイヤレス社にのぼった。
さらにサーバーのLAとマイアミのハードメーカー、交換機ソフトの
運営で2社。さらにクレジット決済会社と銀行で3社。
これに弁護士やCPA(会計士)が加わる。
これがアメリカでの俺のビジネス軍団構造だ。
これにさらに日本法人が加わるのでほんとに昼も夜も寝る間も
へたするとトイレも行く時間さえなかった。
アメリカの時差を極限まで利用してNYを終えてLAに飛び、LAを終えたら
太陽に逆らってまたNYへ飛ぶ。
これをうまく活用すると自分の働ける時間を24時間から30時間くらいまで伸ばす事ができるのだ。
とにかくホテルに帰ればシャワーを浴び洗面所でワイシャツと下着の洗濯をする。ノートパソコンでメールのチェック。泥の様に眠る。
しかし起きた時ホテルの天井を見てここはどこだっけって10秒くらいかかってしまう。最近はレンタカーもカーナビがついてどこにでも行けるが
前は地図と携帯で頑張ってどこでもたどり着いた。
そして何よりも楽しかったのはソフトハウスのエンジニアたちと
電話で話したりビジネスで逢うのが何よりも楽しかった。
「このソフトはここがすごいんだ」「次のソフトはこうなる」
「未来はきっとこうなる」と夢の話に花が咲くのだ。
時には話は大袈裟だ。長い時間かけて開発して結局使い物に
ならなくて失敗した事もあった。
俺が大体こんなものがあるといいのだが可能か?と聞くのから
話は始まる。
俺の要求は日本のマーケットを見据えて話している。
有るべき姿をイメージとして伝えるのだ。
彼らはそれを現実化するために技術でアプローチしてくる。
それが合致した時、夢が実現する瞬間なのだ。
つい先日、インターネットの画面で人間がまるで本のページを
めくるように画面をマウスでめくれるソフトの売り込みがアメリカからあった。
デモを見たがたしかに素晴らしいできだった。
俺がさらに提案したのは画面にタッチパネルで指でめくるように
できないか提案した。そうなれば需要はかなりある。
それにこのソフトは左開きなのだ。日本は右開きだ。
それも指摘した。こんなすり併せの仕事はほんとに楽しいのだ。
同じ仕事にも楽しい仕事とつまらない仕事、前向きの仕事と
後始末の仕事。同じ仕事をするにしても達成感が全然違う。
昔江戸時代の刑罰でこんなものがあった。
罪人たち数百人を使い城の御堀を掘らせるのだ。
何年も何年もかけて掘るのだ。そして石垣を作る。
石垣はピッタリとあわせるために隙間があってはならない。
苦労して積んだ石垣に隙間ができたら罰として罪人の
指を入れさせそれで塞いで指を切断されたものもいた。
やがて10年かけたお堀が完成した。強いられた労働とは言え
お堀の完成した達成感は罪人たちも涙を流して感動したほどだった。
しかし信じられない命が下った。
そのお堀を破壊して埋めてしまうように言われた。
あれだけ心血注いで命を削ってまで完成させた結晶を
自らの手で破壊しろと言われたのだ。
そしてそれを聞いた罪人たちは発狂したり自ら命を絶ったという。
これは人間に極限に達成感の無い仕事をやらせると
精神構造を破壊してしまうという例だ。
その点では俺はやりたい事を世界を縦断してやってこれたのは
ほんとうに幸運だったと思う。
人間のやる気は脳からでるある種のホルモンが起こすらしい。
この分泌がとまると人間はてんで「やる気」の無い状態になる。
「情熱」「感動」「達成感の快感」は全て物理的なホルモンが
脳内を満たす。
脳は快感を味わうとまたそれを味わいたくなるのだ。
俺はその快感物質の中毒にかかっていたのかもしれない。
だが合法だよ。苦難を乗り越えた快感は代えがたい。