パリのドゴール空港で大雪の為にニューヨーク行きの飛行機が飛ばず半日足止めを
くった事がある。
その時、ロビーで初老のアメリカ人の大学の教授と仲良くなった。
小柄で小太りで丸い眼鏡をかけてさらに蝶ネクタイ、チェック柄のスーツ姿は
見ているだけでも笑えてくるのだ。
そしてこんな人がいるのかと言う位実に人柄がいいのだ。
遅れていた飛行機に乗り込みスチュワーデスが差し出す新聞の中から
教授はなんと「プラウダ」をもらい読み込んでいる。
ロシア一のメジャー新聞だ。ロシア語も堪能らしい。
機内は空いていたんだ。座席はひとつ空席をおいて彼の席だった。
離陸後飲み物のサーブが始まった。教授に飲み物を差し出そうとした
スチュワーデスがはっと一瞬凍りついた。そしてすぐに踵を返して
前方に戻ったと思ったら体格のいいスチュワードや副操縦士らしき人間が3人が
教授を取り囲み命令した。
「手を見える位置に置いてゆっくり通路まで出て来てください」と。
俺は一体何が起こったのか分からなかった。
当の教授もなぜ自分がそんな目にあうのか分からない様子だ。
教授が立ち上がった瞬間、一人の男が襟首を掴み床に教授をうつぶせに
押さえ込んだ。もう一人が素早くボディチェックを始める。
機内は騒然となった。ハイジャックか。
そして教授の上着を脱がせるなんと拳銃を携帯するための
ホルスターをしているではないか。
素早くホルスターを調べ拳銃を確保しようとすると教授が叫んだ。
「ゲッタ・ハンズ・オフ・ミー!ウォレット、ディス・イズ・マイ・ウォレット・ガッデム」
(手を離さんか、財布だよ、財布。こんちくしょう)
なんと教授はホルスター型の財布をワイシャツの上に付けていたのだ。
やがて機内は一斉に安堵と笑い声に包まれた。
顔を真っ赤にして怒る教授。平謝りに謝る客室乗務員達。
俺は暫く笑いが収まらなかった。
数年後ニューヨークのチャイナタウンであのホルスター型の財布を
売っているのを見つけた時店でまた思い出し笑いをゲラゲラして
店員に頭おかしいのではと思われたかもな。
教授元気ですかー?