マンハッタンのメトロライフやシーグラムビル等の主要なビルの
テナントを専門に仲介して押しも押されぬ
ポジションを確立してる不動産会社の社長のハワードが彼の
指定のベジタリアン専門のレストランでディナーをする事になった。
俺はここの料理が今一なのだがまあ付き合いだ、しょうがない。
しかしハワードの話は面白いし彼の英語は100%近くキャッチできる
ので疲れなくていいのだ。
でも今回の話はいつもの様に決して愉快な話ではなかったのだ。
ハワードの元にある日、アフリカから国際電話がかかった。
その内容とは要約すると
『私はアリジェリアで弁護士をしているものです。
97年に急死したナバチャ議長の未亡人の弁護士をつとめております。
実は議長の隠し財産が存在しており、1億ドル(約130億円)を
現金で管理しています。
これを安全な口座に移したいと思っております。移した後は投資の為に
マンハッタンのビルディングに投資したいと考えています。
そこで、一時的に、あなたの会社の外貨口座を使わせていただけないでしょうか。
もし使わせて頂けたら、財産の17%(約22億円)を報酬として支払います。
さらに残りのお金もマンハッタンでハワードを通して不動産投資をします。
ただし極秘にお願いいたします』
なんと、それは、22億円もの儲け話。
ハワードはすぐに事実関係を調べたところメールにあったナバチャ議長とは、
確かに実在の人物で、急死するまで莫大な資金を国外の
銀行に貯め込んでいたという。
後日電話でハワードはその弁護士に、なぜ自分の会社を
選んだのかと返事を送った。
するとその弁護士は『我々は世界の情勢を熟知し、
信用のおける人物をリストアップして、あなたを選びました。
特に去年の11月のあの取引は見事でした。』
という返事が返ってきた。
ハワードは確かに去年の11月にワールドトレードセンターに大手銀行の
コンピューターセンターを2フロアーぶち抜きで借りる契約をまとめたのだった。
しかし業界外の人間にはなかなかわからない情報だった。
さらに今度はオフィスにアルジェリアのゴメス州高等裁判所の
証明印が押され、『一時的に財産一億ドルの権限を譲る』と
宣言した文書がファックスで送られてきた。
そしてアルジェリアの財務省の事務次官と名乗る男からも電話が入って
『振り込みをすぐ行なうので「送金保証申請費用」5000ドル(約65万円)を
出来るだけ早く送って欲しい』とハワードに告げた。
さらにハワードに今度は添付ファイル写真付きのメールが送られてきた。
写真には大きなジュラルミンケースにドル紙幣がぎっしりと詰まった写真。
メールには「あなたの報酬分です」とある。
ハワードの心は決まった。この22億円に比べたら、
申請費用の5000ドルなんてわずかなものだと考えたハワードは
すぐに海外為替送金で指定口座に送金した。
数日後、弁護士から電話があり「手続きのため、
アリジェリアのアリジェまで来てもらいたい」と言う。
さらに毎日、財務省の重要な役職にあるという人々からの依頼の電話が
ひんぱんにかかってくるようになり、ついにアルジェリア行きを決めたのだ。
ファーストクラスのティケットが送られて来た。
アリジェに到着したハワードを空港で待ち受けていたのは、
民族衣裳に身を包んだ「政府高官」と兵士の閲兵とファンファーレ。
入国審査や税関も兵士の護衛によってノーチェック。
さらに4台の白バイの護衛がサイレンを鳴らしたロールスロイスで市内の5つ星クラスの一流ホテルのスイートルームへ専用エレベーターで連れていかれた。
まさに国賓待遇なのだ。翌日、部屋に「弁護士の部下」と名のる男たちが迎えに来た。
そして財務省の一室に案内されると、テーブルの上にかなり大きな
ジュラルミンケースがふたつ並べてあったのだ。
そのケースを開けてみると、なんと真っ黒い紙がびっしりと詰まっていたのである。
てっきりドル紙幣があるものと思っていたため、どういうことなのか彼らに聞くと
『ナイジェリアの銀行から、この米ドルを振り込むことは出来ないので一度、
国外にこのまま 持ちだす必要があります。
これらは、100ドル札を怪しまれずに国境の検問などで怪しまれずに
国外へ持ち出すため、黒く加工したものです。』
表に出ないお金を国外へ持ち出すために
お札を黒く塗りつぶしたものなのだという。
弁護士の部下と名乗る男は黒い紙を一枚取りだすと、
隣に置いてあった改造したレンジのような機械に入れ、
上に取り付けられた挿入口に特殊な溶液を注ぎ込み、スイッチを押した。
30秒ほどしてなんと黒い紙が本物の100ドル札に変わっていたのである。
『これを元に戻す特殊な溶液を購入するための費用に50万ドル
(約6500万円)必要です。それを立て替えて欲しいのです』と言う。
ハワードはニューヨークに電話して50万ドルを部下に指示して振込みをさせた。
弁護士の部下と名乗る男は明日そのお金で溶液を手に入れて再び来るので
感謝の意を述べながら黒いお札を残して去って行った。
そして次の日も次の日も誰も現れず連絡もとれず黒いお札だけが残った。
それを持ち帰ったハワードは警察の鑑識に鑑定を依頼したところ
本物の100ドル札は一番上の10枚だけで残りは全てフェイク(ニセモノ)だった。
ハワードは完全なる詐欺にひっかかったのだ。
ニューヨークでも海千山千の社長でもここまで巧妙にやられるとひかかってしまうのだ。
そして皆ひかかっても黙っているケースは多い。
ハワードはお金よりも騙された事による自分の不甲斐なさに悔しがっていた。
いきなり料理のパイにホークをグサって突き立てたのだ。
驚いたのは回りの客だった。
彼のプライドとはそこまで高かったのだ。
またよく自分の恥を俺に話してくれたものだ。
そして後日談がある。一年後アルジェリア刑事警察署からの電話があった。
それによれば詐欺グループが逮捕され、騙し取られた金のうち20万ドルドルを
アルジェリアの中央銀行から返金したいのだが、送金手続きに
3000ドルが必要だというのだ。
「ファッキング・ジャーク!」ハワードはそう叫ぶなり電話機を叩きつけ
こなごなにしてしまったと言う。
その話を秘書から聞いた。
この手口は後にマンハッタンでは有名になった。俺にもなんと電話が来たのだ。
やがてその手口はニューヨークでは通用しなくなると被害は日本へも拡大した。
日本の事務所にもそのような電話やメールが入るようになったのだ。
しかし次から次へ新しい手を考えるものだ。