東京に会社を部下に任せながらパリに住んだんだ。
パリでの第一の仕事は日本のサンケイグループの出版社の扶桑社の依頼で
フランスの有名雑誌、「ディペッシュモード」との提携増刊号日本語版を日本で
発売発するための交渉。
ディペッシュモードの社長は40歳くらいの美人の女性だった。
これには当時テンポラリーでフランス人のリディエと彼の部下のマイケルを雇った。
リディエはまじめだがマイケルは陽気な男だった。
メガネが曇ったら自分の長い舌で拭いてしまうし、
日本食レストランでウドンを鼻から食べて口からだして鼻を掃除したりする。
となりの日本人がウドン食べるのやめてたなあ。
英語をフランス語に翻訳する交渉になる。
数多くの外人や通訳を面接したが真に腕のいい通訳とはどんな人間かを学んだ。
普通の人は同時通訳ができる人間に関心したり、自称7ケ国語を話せる人に感心したりするだろ。
大体が実はほんとの込み入った通訳にはこんな連中は向かない事が多い。
英語に覚えのある政治家やビジネスマンでも調印や交渉には必ず英語の通訳をつける
事が多い。
なぜか。小さなニュアンスの違いが命取りになるケースがあるから。
それと通訳をしている間、時間が稼げるからだ。
そしてメモをきっちり取り正確に翻訳する通訳でないとだめなんだ。
頭でそらで覚えて右から左にペラペラ訳すのは食事の会話とか歓談しているときだけだ。
交渉の本番では必ずメモを取らなければならない。
また何ケ国語もしゃべれる日本人も「まゆつばもの」が多い。英語で言う中学1年の2学期程度の知識で次々に次の言葉に移って覚えていくんだ。
それでも素人を驚かすのにはそれで十分なんだ。
そんな人間を重宝して通訳として雇うとえらいことになる。
リディエの通訳は英語もフランス語もかなりのものだった。
頭もかなり切れるし飲み込みも早い。
しかしどこか俺の心の中で警告のボタンが押されていた。
それは何か。日本人をフランス人より劣る人種だと思っているのが
なんとなく分かるのだ。
このころの日本人のイメージは金は持っているけどビジネスの知識は
無いからいくらでも巻き上げられるって感じだ。
例えばあるとき日本の車のパンフレットを見ていてその内装のデザインや
柄に大笑いするのだ。
この似た光景は実はパリのモーターショーでも見た事があった。
フランス人が日本の車を見て外観を見て笑い、内装を見て腹に手をあてて
かがんで笑うのだ。不思議な光景だった。
彼らは日本の美的センスを笑ったんだ。
正直言って俺は不愉快だった。
肝心のエンジンや車体はどうなんだ。フランス車などは足元にも
寄れないはずだ。
日本でも意気込んで数百万円もするプジョーやシトロエンやイタリアのフィアットを
買ったりする奴がいるがカローラよりも装備が貧弱でさらに故障続きなのに
驚いている。
何度かディペッシュモードと交渉するテーブルについてリディエに通訳をさせた。
しかし翻訳以外の会話をしている気配を感じた。
俺は念のためその交渉をテープに録音しておいた。
それをパリ在住の日本人に聞いてもらった。
すると本来の交渉の他に驚くべき事が分かったのだ。
それはリディエがディペッシュモードの社長に話している内容で、
「こいつら日本人は相場なんて知らないからいくらでも吹っかけられると
思いますよ。私がうまくいいくるめますからすこしばかり分け前をくれますか」
って内容だった。
その晩俺はすぐにリディエを呼び出し問いただした。しぶしぶ認めた。
俺は胸ぐらを掴み後ろに放り投げた。「ユー・ドーン・ア・グッド・ジョブ。ゲットロスト」
(いい仕事したな、出て行け)。と言い捨てた。
俺はその日本人に言われた。「渡嘉敷さん、フランス人が嫌いになった時、
フランスがほんとに分かった事になるのですよ」って。
今まで周りを見回しても日本人がフランス人との提携や共同事業をやるのを
見てきたが全てご破算になっている。
根本的にフランス人と日本人は合わないのだと思う。
でもフランスという国は大好きなのだが。
それからはフランス語の個人レッスンを雇った。
古いお城をに泊り込んでのフランス語の特訓合宿も参加したもんだった。
ロワイヤル橋
グランパレ