マンハッタンでスタンドでホットドッグをぱくついて口いっぱいにしていた時、携帯電話が鳴った。口が一杯で急には話せなかった。胸をたたいて急いで飲み込んで電話に出た。
相手はエコンゼンンダー社というエグゼクティブサーチの会社の者だという。
エコンゼンダー社と言えばコーンフェリー社とスペンサースチュアートなど並ぶ
超有名なヘッドハンティング会社だ。
「あなたのキャリアにとても興味を示している会社がある。はっきり言うとあなたを
ヘッドハンティングしたい会社があります。詳しい事は電話ではお話できないので
お目にかかっていただけませんか」という内容だった。
多分俺をオーナー社長とは知らず、大手企業と同じ雇われ社長と思っているのだろう。
話だけは興味があるので聞いてやろうと思った俺は来週東京へ出張するので
その時ならいいですよとOKした。
面談は丸の内のエコンゼンダーのオフィスで行われた。
余談だがNYでも東京でもコーンフェリーといいスペンサースチュアートとといい、
オフィスの豪華さは凄まじい。壁から床から天井までオーク材で飾り付けているのだ。
パンフレットなどは内容は役員の記念写真集みたいにスタッフの写真ばかり載ってる。
先日もNTTドコモの元販売、技術役員をボーダフォンへ引き抜いたのは
コーンフェリー社の実績だ。
一通りの余談の後話はあるアメリカの通信企業の大手が日本に進出しようと計画している。
日本での電話のシェアを拡げ売上をエキスパンド(急増)させたい。
そこで現地法人を設立するがそこの社長になって欲しいとの事だった。
机の彼の手元には俺の英文レジェメがあるではないか。30ページはありそうだ。
表紙までついている。
彼が部屋を離れた隙に見てみた。徹底的に調べていた。小学校、中学の事まで書いてある。
実は俺も以前にこのヘッドハンティング業界にいた事があったがここまでやった事はなかった。
俺を欲しがってる会社名は俺の意思を確認しないかぎり俺にはまだ明かさない。
ワールドコム社は数年前から日本法人はあるし社長も知っている。
となると消去法で行くとスプリント社かAT&Tだ。ケーブル・アンド・ワイヤレス社は
イギリス系だ。
「この話AT&Tでしょう。すぐ分かりますよ」
「ハウドユノウザット?」(なんで分かるのですか?)
驚いている。憎めない奴だ。俺は迷う振りをして逆にこいつからAT&Tの動向を
探っていった。
設立は来年の4月。記者発表は5月。主に丸の内の外資系企業から獲得していく
つもりらしい。本国との通話料を格安の専用線を引く事を提案してシェアを拡げる予定らしい。当面俺のマーケットとは直接はバッティングしない。
AT&Tの条件は年収20万ドルプラス税後利益の5%だ。
おいしすぎる条件だった。
しかしどんなにおいしい条件でも社長と言ってもしょせんは
しがない悲しいサラリーマンだ。
俺はどんな美味しい餌をぶらさげられても首輪をつけた
飼い犬にはなれない狼の心意気なのだ。
俺は自分の会社を大型に成長させる気持ちも無い。
大型ジャンボジェットみたいな会社よりも身軽なアクロバティックな
複葉機みたいな会社でいたいんだ。
但し一人当たりのパーヘッドの利益で全米のランキングにいつか
入ってみたい。
図体ばかりでかくなっても何の自慢にもならない。
その日本進出計画書のコピーまでそいつは持っていた。売上予想、利益予想、
国別予定価格それを見せてもらった時に国別レートの料金の
数字をできるかぎり暗記した。俺はアホだから暗記が全く苦手だからもう心でつぶやきっぱなしだった。
その日は前向きに考えると答え後に断る事にしてエコンゼンダーを去った。
しかしよりによってAT&Tからみたら吹けば飛ぶような会社の社長の俺を
ヘッドハントしようとしてくれたのは悪い気持ちではない。
不思議な縁に驚いた。マイクが聞いたらたまげるかな。それとも彼の差し金かなとか
いろいろ思いをめぐらせた。
そのエコンゼンダーがくれた条件などが載っている資料は今でも残っている。
ビジネスってなんて豪快で面白いんだ。
ビジネスは男の記念碑だ。
NYのAT&Tビル1階