まだNYに来て半年くらいの頃
カワサキスティール・ニューヨーク(川崎製鉄のNY現地法人)の小池社長と
ゼネラルアフェアー(総務)の安永さんには仕事の面でもプライベートでも
ほんとにお世話になった。
ある仕事のプロジェクトで俺がセントルイスに長めの出張に出かけなければ
ならなくなりオフィスを任せられる人材が今のうちのセクレタリーでは不安だった。
その事を安永さんへ相談したところカワサキ・スティールの管理職のエラ・バートンという
女性を一時的に貸してくれる事になった。
年の頃は40代後半のスーツとハイヒールが似合う典型的なニューヨークカウカジアン(白人)のキャリアウーマンセクレタリーだった。
彼女には実に色々の事を教わった。オフィスにいても俺が電話で話して受話器を置くと
今の電話で俺の英語のおかしな部分や間違った表現、
発音、マナーをいちいち直して教えてくれた。
ビジネス文書も徹底的に赤ペンで真っ赤に直された。
スーツやコートやネクタイのセンスも指導された。
特に言われた事で覚えているのは最初に相手と会う出張の時、必ず最高のホテルに
泊まる事。安いホテルに泊まると完全になめられるらしい。
俺は実は思いあたる事があった。以前節約して安いホテルに泊まった時、
相手先が迎えの車をよこしたいがそのホテルでは行くのはちょっとはばかられるので
こちらでホテルを用意するのでそちらに移っていだだけませんかって言われた
事があった。あの時はラッキーぐらいにしか思っていなかったけど
実はそんな安いホテルに社用車をまわすのはちょっと恥ずかしいって意味だったんだよね。
もちろんリピートで会う場合やレジャーで行くときはそんなにきばらなくていいのだが。
相手が超ビッグの会社の場合の超でかい商談の場合は絶対絶対ファイブスタークラスの
高級ホテルに泊まる事が必要と教わった。
レディーファーストも叩きこまれた。ビルの出入り、レストラン、ホテル、エレベーター、
車の乗り降り全てだ。
しかし日本の女性はこれがなかなか難しい。
車のドアは自分で開けるし、エレベーターでも先におりないで譲ってくる、
シートベルトは自分でするし、コートは自分で脱いだり着たりする。
階段でも自分でてすり握って降りてくる。
日本女性は今まで大事にされてこなかったからだろう。
今まで大事にしてこなかった男性にあたま来るな。
アメリカでは職場の仲間でもプライベートの事を聞くのはしない。
エラは安永さんの話によると離婚して独身らしい。一度ランチ時に
聞いたらやんわりと「この国ではそんな事は聞いてはダメ」って窘められた。
それ以来一切聞いた事はなかった。
日本ではあたりまえにオフィスや宴会で「彼氏いるの?」「理想の男性像は?」
「結婚した事あるの?」「今独身?」「子供はいるの?」「スタイルいいね」って
よく言うけどこんなのアメリカで言ったら大変なセクハラでスー(告訴)されて
アウトだよ。
ある時、エラが写真をジーッと見ていたんだ。それは男の子の写真だった。
そして涙ぐんでたんだ。俺は慰めてあげようと思ったけどやっぱりやめにした。
多分結婚して子供が生まれたけど離婚して子供は旦那が連れて行ったみたいだった。
エラの速記は凄まじい速さだった。俺は英語の速記をとるセクレタリーを始めてみた。
そして聞き終わった後、凄まじいスピードでキーボードを打つ。
普通英文タイプを打つスピードは毎分普通で50ワード位、80ワードはかなり
早い。ピアノやってる女性は120ワードいったりする。指先を正確な指を正確な場所に
瞬時に置く訓練ができているからだろう。
エラはなんと140ワードを打つ。機関銃のような速さだった。
俺が手紙の内容を歩きながら英語で話すと速記する必要も無くいきなり
キーボードで打ち始める。それも俺の間違った英語を訂正しながらだ。
プリントアウトされたビジネスレターはサインするだけ。
ビジネスレターには最後の左の端に秘書の誰がこれを実際に打ったか
わかるようにスラシュしてイニシャルを書くんだが
その意味を知らない日本人は多い。
E/Bのブランドは掛け値なしだった。
約束の時期が終わりお礼の食事をおごったとき、初めて離婚のいきさつや
親権の裁判などの事を話してくれた。
その後はよくカワサキスティールのオフィスでお世話になった。
エラは俺を根本からニュヨーカービジネスマンにしてくれた恩人だった。