PDAとの出会い
国際電話事業41 HIRO
国際電話事業40
国際電話事業39
国際電話事業38
国際電話事業37
国際電話事業36
国際電話事業35
国際電話事業34
国際電話事業33
うちの国際電話サービスは日本からいったんニューヨークにある
交換機サーバーに回線が繋がる。(LEG1)
ユーザーは自分のIDナンバーをプッシュすると回線がオープンし
掛けたい相手の番号をプッシュするとニューヨークから相手国に
繋がる。(LEG2)
このシステム機能を活用すればユーザーが世界中どこに出張していても
旅先のホテルでもニューヨークにさえ国際電話が掛けられる場所であれば
うちの格安の電話回線を使って通話する事が可能になる。
しかし自分でも出張先で使用してみるが若干面倒さは残る。
面倒だとユーザーはついついホテルの通常の高い電話料金でも
そちらを使ってしまうのだ。
これは大きなビジネスチャンスの喪失だ。
ある春の日、俺はアポを一件済ませ誕生日のプレゼントを探すために
35ストリートの「レディオシャック」を覗いていた。
そこにある新製品が展示されていた。
PDA(ビジネス電子手帳)なのだが大きさはクレジットカード4枚を重ねた位の
厚さと大きさだ。小さな液晶窓があり住所や電話番号が
呼び出せる仕組みだ。
このPDAが凄いのは住所録が表示されている時にカードの極小スピーカーを
電話機の受話器の話す部分に宛ててボタンを押すと「ピ、ポ、パ、ピ、ポ」と
プッシュトーンが出て電話機のボタンを押さなくても一瞬で電話がかかり
すぐに相手の呼び出し音が聞こえる優れものだったのだ。
俺の頭で何かがスパークした。
「これだ!」
すぐに5枚買い求めカフェに入りPDAの設定を始めた。
ID番号でひとつ、掛けたい相手先の番号でひとつの番号をそれぞれの
メモリーで入れたのだ。
すぐに公衆電話で試してみる。
交換機が応対してまずIDを送り回線が空いてもうひとつの掛け先の番号を
信号音でPDAから発信する。
見事にかかった。
大成功だ。
すぐにオフィスに帰りオフィスの電話でも試してみるが大丈夫だ。
しかしまだ完全に使いやすいとは言いがたい。
メモリーボタンを交換機の応答を聞いてタイミングよく2回押さないといけないからだ。
俺は簡単にやってのけるが一般のユーザーには使いにくい。
すぐに交換機開発のプログラマーのランスに電話を入れた。
パスワードと掛け先の電話番号を同時に一つのメモリーで0.5秒くらいで
一気に受話器から送っても反応できるようにプログラムを考えて欲しいと
伝えた。
「インポッシブル・ツゥー・ドゥー・ザット!」ランスは一言の元に跳ね除けた。
「今、ここで返事するなよ。やる前から諦めるな。
ドゥー・イット・アズ・マッチ・アズ・ユー・キャン!」と俺は言い放った。
その後、5日間寝ないでランスがプログラムを考え書き直していたのを
彼の同僚から聞いた。
そして6日めの早朝電話で叩き起こされた。第一声、俺が眠い声で「ファッツ・ザ・ヘル?ランス」
「ハル、アイ・メイド・イット!」
完成したのだ。
ID番号と掛け先のカントリーコードの間に「米」(英語ではアスタリスク)を
噛ます事で交換機にIDと掛け先を区別させるのと「米」を聞いた直後に
回線を開いていい相手かどうか一瞬で判別できる機能を付加したしたのだ。
彼の涙ものの成果だった。
早速試してみた。PDAで掛けたい相手を呼び出し受話器にあてて
ボタンを押すだけで一発でかかるのだ。
この快感と言ったら何者にも比類できない。
オフィスで公衆電話であらゆる電話で性能をチェックを済ませこのPDAの
製造元にどの位の大量発注が可能なのか、コストと納期を話し合った。
そしてそれらをユーザーに有料で販売する積もりだったが、
俺はあえてそれを無料で配布する決定をした。
投資として考えればそれらは必ず回収できやがて利益に繋がる。
このPDAはアドレス帳の機能の他に電卓としても使用できるので
鞄にスーツに忍ばせてもらえる。
このアイディアの実行で半年後には20%以上の売上が伸びた。
常にアンテナを磨き街を歩く。人の何気ない会話に注意する。
そんな運命的なビジネスは実にエキサイティングだ。
ビジネスは麻薬だな。
▲ by haruotokashiki | 2006-02-21 05:54 |
国際電話事業
国際電話事業を開業しようとして交換機サーバーの
ハードとソフトを求めて俺はまさにアメリカ中を飛行機と
車で旅して周った。サンフランシスコ、ロス、サンディエゴ、
ラスベガス、ツーソン、フェニックス、マイアミ、オーランド、
フィラデルフィア、フォートリー、シカゴ、メンフィスなど
数えたらきりがない。
大体ITの会社は都会の中心部にはオフィスがない事が多い。
人に会うよりも頭使う事が多い仕事はどんどん郊外へ
田舎へオフィスが移る傾向が強い。
但し我々みたいにその技術の成果のデモを見せてもらうのに
マシンを動かすのは大変なのでやはりこちらから訪ねる事が
多い。
俺は様々なルートから情報を仕入れコネクションを駆使して
優れた会社を選び出して訪ねていく。
少なくとも日本人では俺が絶対初めてこの会社を訪ねてるという
自負があった。
先方の社長に会いデモも見せてもらい雑談になるとこんな
事を言う。
そう言えば3ケ月前にも日本人が一人ここに来たよ。
ハイスクールボーイみたいな男だったなあ」
おれはえーって思ってしまった。
俺の先を越した日本人がいるのだ。
そして俺が目をつけた他の州の会社でも同じくその日本人の話をされる。
容姿、風貌が同じだ。俺と同じく一人で周っているらしい。
その男が一体何者か分からなかった。
その後、俺は交換機をニューヨークに設置しアメリカのキャリア(大手電話会社)と
契約しT1回線という太い電話線の束を交換機に繋いでテストを繰り返し、
日本で営業活動を始めた。
うちの会社には各大手キャリアのセールスマンが入れ替わり立ち代り
訪ねて営業をかけてくる。
そんな連中からも貴重な情報は得られる。
そんな中で一人の日本人の噂をよく聞くようになった。
交換機を俺と同じくニューヨークに設置し日本で格安国際電話サービスを
大々的に展開していると言う。
俺は相当な売上を自負していたが彼の売上は各キャリアの彼の会社の
インテレカという会社のボリュームを計算してみるとなんと10億円以上、
俺の3倍以上のボリュームだ。
東京では常にコンペティター(競争業者)をウオッチさせていたが
インテレカという会社の影も形もない。
一体この会社はどこでこれだけの電話サービスのボリュームを
売っているのか全くの謎だった。
そして噂だけ聞こえる謎の日本人。
一体どんな男なんだろう。影しか見えない若き同業者に
尊敬の心は持ち始めていた。
そして会える機会はめぐってきた。
ワールドコムの営業スタッフがインテレカの担当の営業スタッフと
仲がいいのでその彼を紹介するのでぜひ会ってみてはどうかと
言ってきた。
それはぜひにとお願いした。
数日後、俺の携帯に彼から電話が入った。それがヒロ中島だった。
そして数日後彼が俺のオフィスに訪ねてくれた。
少年みたいな人とは聞いていたが見た感じはとてもソフトで眼鏡を
かけていてわらった顔が子供みたいに実に爽やかなのだ。
目がとっても輝いているのだ。
俺はニューヨークではひとつの法則に気がついていた。
ゼロから成功してきた大物の実業家に度々会ったが共通する事がひとつあった。
それは皆、笑顔が素敵であること、目が輝いていること、そしてときおり
子供みたいな表情を見せることなのだ。
全米レストラン王ロッキー青木、不動産王ドナルド・トランプ、
CNN創業者テッドタナー、ソフトバンク孫正義、など皆同じだった。
彼にはその純粋な子供みたいなけなげなところがあるのだ。
よくいるオーナー社長で偉そうで傲慢で大声でどなる殿様タイプでは
決してない。
髪は無造作でありサッパリ刈り込んである優等生のお坊ちゃま小学生って
感じで眼鏡がよく似合う。
これがあのココニューヨークの通信業界で名前を轟かせているヒロ中島なのかと
拍子抜けしてしまった。
彼のやってる事と実際の容貌にギャップがありすぎるのだ。
見た目もいかにも勉強家って感じで運動音痴かなって思ったら
話を聞いてみるとサーフィンの選手であらゆるマリンスポーツの
インストラクターの資格を持ち、ダイビングなどはインストラクターの
ライセンスを審査する立場にいたと言う。
まさにスポーツ万能なのだ。
いささか俺もスポーツには自信があったがそんなレベルではなかった。
さらにヘリコプターの免許まで持っているという。
そんな彼が電話事業で成功している。
失礼ながらこの前まで南国のマリンスポーツのインストラクターが
ここニューヨークで最も競争の激しい通信と言うハイテク業界へ
飛び込んでおいそれと成功を収めることなどできるあまい世界では
ないはずだ。
ヒロさんは初めて空港におりたった時、マンハッタンが島であることすら
知らなかったという。
彼には障害など存在しないだろう。人が困難とあたりまえに思うことも
努力と閃きによって軽く乗り越えてしまうのだ。
話していてヒロの人間の魅力にすっかり魅せられてしまった。
仕事の話をすると同業者として同じ問題にぶちあたって俺もヒロさんも
それぞれ乗り越えて今日があるのだが彼の解決策は俺よりも
遥かに洗練されて確実なものだった。
ブランクナンバーの供給停止問題、クレジットカード決済引き受け問題、
キャリアへのミニマムチャージ問題、キャリアの事故問題、
サーバーの選定、などなど二人で話していてもう初めて話が通じる
経営者と会えた喜びでいっぱいだった。
彼はマーケットを俺みたいに東京を相手にせず群馬県の太田市の
ブラジルから出稼ぎに来てしるブラジル人に対し格安国際電話サービスを
展開していたのだ。彼はプリペイドカードにしてそれを従業員の
社員食堂で自動販売機で販売していたのだ。
ブラジルは当時国際電話は3分かけて500円するなど
信じられない高さだった。
マーケットはでかいし利益率は凄まじい。
俺はヒロを天才だと思ったよ。
そしてこんな日本人がいるのかと思った。
ニューヨークってやっぱりすごい街だとおもった。
何度か逢って彼とは「兄弟分」となった。
ヒロは俺が兄だと恐縮していたがもちろん彼を兄として。
そしてそんな成功を収めながらあっさりと彼は事業をやめ
ニューヨークを去ってマウイ島でカイトサーフィン三昧の生活を
してリタイヤしビジネスの世界から身を引いてしまった。
やることなすことまったく凄い男だ。
彼の本をぜひ読んで欲しい。
日本人の持つ既成概念や常識を根本から引っくり返して
幸せとは人生とはをじっくり考える機会を与えてくれる。
ハワイプチ富豪の成功法則
▲ by haruotokashiki | 2005-04-07 13:17 |
国際電話事業
自分がこの仕事やってって良かったなあって思うのは
どこのホテルに泊まっても公衆電話でも人の電話を
借りても全て自分のNYに俺が所有する交換機サーバーに
チャージする事ができて国際電話も国内電話も
かけられる事だった。
夜中のブルックリンハイツはマンハッタンのダウンタウンの夜景が
迫ってくる名所だ。
ここの公衆電話から東京に電話をするのが好きだった。
NYが夜8時ならサマータイムで日本は朝の9時になる。
仕事が一息ついた時に東京のオフィスがせわしなく朝の雰囲気が
受話器から伝わってくる。
地球の大きさと地球の反対側の空気を感じて時差自体を何か俺は
楽しめるんだ。
ただ時差を情緒的に楽しめるのはこんな時だけで一旦仕事になると
時差が呪わしくなる事が大半だ。
ただの東京やNY出張なら着いた直後の時差ぼけぐらいでアジャストできるが
東京とNYをまたいで連絡を始終やり取りするとなるとこれはえらい事になる。
NYで皆が仕事が終わりかける頃でもLAはまだまだビジネスアワーだ。
遠慮なくがんがん電話が入る。やっとLAが夜8時なるとNYは夜11時。
さらにこのあたりは東京のオフィスが開く時間。LAと東京から電話が
交互に入る。だから帰宅できるのはいつも午前一時二時。
さらにトラブルや仕事が進むとオフィスのカウチ(ソファ)に横になり仮眠を取る。
先方の連絡待ちだと先方から電話が入るまでが僅かに眠れる時間だ。
とくにトラブルが続くと7日位も帰れない。やっと帰ってもまず生物の食べ物を
冷蔵庫から処分することから始まり洗濯をする。
そして着替えを鞄に詰めてまたオフィスへ向かう。睡眠は一時間ごとに
3回に分けて取る。これがずっと続いた。
そして俺が身を持って発見した事実!
睡眠時間の不足は栄養によってある程度補える事。
まさに人間耐久レースみたいなものだった。
こんな生活を3週間も続けていると信号待ちのバイクでも
一瞬眠ってしまうのだ。なんどホーンを鳴らされた事か。
街を歩いていても自転車の宅急便にも激突してしまい
あとで気付くと肋骨にヒビが入ったみたいでクシャミや咳や
バイクに乗っていても道路の段差で悲鳴が上がるくらい
凄まじい激痛が走る。でも決して休まなかったしめげなかった。
それまで自由を謳歌していた独身貴族だと思っていたが
初めて「家庭が欲しい」って思った。
疲れた翼を休められる場所が欲しかった。
でも思うだけだった。
それを友人のアレックスに飯を食いながらグチると
「ここマンハッタンはそんな男と女でいっぱいさ、
マンハッタンは一人者の街なんだぜ」って言われた。
実際結婚したら皆郊外へ引越して緑溢れる環境へ引越し
電車通勤するようになる。
部屋に帰り冷たい暗い部屋に帰るのがなぜか寂しかった。
突然日本へ帰りたくなったりした。
金曜に届いたガールフレンドからの日本からの手紙は
土曜日の朝にセントラルパークの
湖のほとりのベンチで読む事にしていた。
彼女の会社で熱海に社内旅行に行ったらしい。
男の社員は宴会でコンパニオンを取り合いして
争いをして羽目をはずして大騒ぎしていたと書いてある。
そんな様子を読むと俺がこんな異国の地で一人頑張っているのも
いいかなって思って少し元気になる。
ここニューヨークはパリとも違う。
一人の楽しさと一人の寂しさを思い知らせてくれる街だよ。
▲ by haruotokashiki | 2005-03-29 00:03 |
国際電話事業
結局の所、社長って言う仕事は判断。
俺が社長稼業をやっていて冥利に尽きる瞬間のひとつに「交渉」がある。
向こうもこちらもあらゆる材料と準備を重ね交渉の場にのぞんで来る。
分かりやすい例を書いてみよう。
家の建築をある工務店にやらせた。完成はしたが
いくつか不具合が見つかった。
あなたはそれを見て値引きを交渉するとする。
○ 相手の用意するリングに上がらない事。
相手は自分の言い分と価値観を揃えこの言い分に対抗する
あなたが否定するなら言い分と根拠を聞かせてくれと言う。
これにうっかり答えようとすっかり相手のリングに上がった事になる。
よっぽどの不動の自信がある時以外これに乗ってはだめだ。
相手がよく使う手、
「うちは工務店の技術レベルが業界でも定評がある。
でも納期を急がされたためいくつかの不備が出てしまった。
人間がやる以上どうしてもしょうがない。
無料で修理するので値引きには応じられない。
あんな短い時間で仕上げることに無理があった。
他の業者でこんな短い時間でこの予算で仕事を引き受ける
業者は他にはいないはずだ。」と言う。
○ そしてあなたがこう答えたとしよう。
「納期は急がせたが決して短い時間ではなかった。
「職人さんがもっと集中していればミスはおきなかったろう。」
「いい業者も他に探せばいるだろう。探して意見聞いてみます。」
こうまるごと全部相手の言い分にいちいち反論しているつもりだろう。
しかしこれはもうすっかり相手のリングに上がってしまっているのだ。
じゃ、どうするのが正解か?
○ 相手「うちは工務店の技術レベルが業界でも定評がある。」
あなた「この不備によってどれだけの損害を受けたか分かっているのか。」
相手「でも納期を急がされたためいくつかの不備が出てしまった。
人間がやる以上どうしてもしょうがない。」
あなた「この不備が原因で引越しの予定が延期になった。この
損害どうしてくれるの?」
相手「無料で修理するので値引きには応じられない。
あんな短い時間で仕上げることに無理があった。
他の業者でこんな短い時間でこの予算で仕事を引き
受ける業者は他にはいないはずだ。」
あなた「これだけお金つかってこんな仕事されたんじゃたまらない。
例え半分に値引きしてもさらに損害賠償をいただきたい。」
とこんな具合。要は相手の話に噛みあわせてはいけないのだ。
相手の歯車に自分の歯車を近づけてはだめだ。
あるキャリア(大手電話会社)の法務部の連中と交渉する事がある。
こちらは回線の異常を7日間も放置されて急遽他社の回線に切り替えなくては
ならず大損害を受け顧客の信用を損ねたと主張する。
キャリアは通常の基本料金と通話料を請求してきた。
俺は直ちにニューヨーク地裁に代金を供託するぞとジャブを打った。
供託とは一旦裁判所の判決がでるまではお金が凍結される事になる。
そうなると向こうは判決まで手が出せない。
また交渉では値引きされても金は手に入るが供託は全くだめだ。
さらに裁判は長引く。
そう一喝して交渉にのぞむ。
向こうがその損害を証明してくれと言うがそれをすぐに証明しようとしてはいけない。
それをする事じたいが相手のリングに上がっているのだ。
こちらは逆にお金の話にいきなり行くんだ。
「今なら40%の値引きで納得する。
しかし証明とか証拠集めにさらにうちの社員の労力と時間を使わすならば
供託の手続きに入るし念入りに細かくやる。
何年かかるのかな。その間供託の金に利子が付くわけでもない。
もし条件飲めばこの場でチェック切るよ。お互い忙しいんだからここらで
納得しようよ。お互い悪いとこあったけど今後も気持ちよくやっていこうよ。ねっ。」
こんな具合で丁々発止やりあうんだ。
やったりやられたりだけれど
この交渉が俺の醍醐味なんだ。
交渉に臨むまえの俺が必ずひとりでささやく魔法の言葉。
「イッツ・ショー・タイム」
この響きがほんとに痺れる。
いいかい。ビジネスでも裁判でも相手言う事への抗弁だけでは
ちっとも攻撃になっていないんだ。
防御だけでは負けないけど決して勝てないんだ。
さあ、日常には小さな交渉がいっぱいあるだろ。
いいか、交渉を楽しめよ!
▲ by haruotokashiki | 2005-03-17 00:50 |
国際電話事業
アメリカのホテルとかで例えば日本へ
コレクトコールを申し込むと、「どの電話会社を利用するか」と尋ねられる。
そこで、「わからない」「どれでもよい」という意味で、
「アイ・ドント・ノー」(わかんないや)とか「ファタエバー」(なんでもいいや)
と一言オペレーターに答える。
すると「I don't know社」「Whatever社」って言う名前の電話会社がほんとにあって、
その会社の国際電話サービスを選ぶ事になってしまうんだ。
この名前を考えた社長はあきれるほどの見事な思い付きだ。
俺もこの国際電話ビジネスで日本のビジネスホテルや外人労働者の寮の
通話をうちに取り込めないか研究した。
しかしKDDとホテルとのガチガチの癒着がありキックバックが会社にも
担当者にも入る構造が出来上がっておりとても太刀打ちできない。
我々は通話料金事態を下げているので担当者やホテルへキックバックできるほど
利益幅はないのだ。
ただ苦肉の策は近所のドリンクの自販機の横に国際電話のプリペイドカードの
自販機を設置する事でやってみる事にした。
ターゲットとしたのは中南米から川崎の電気メーカーへ出稼ぎに来ている
連中だ。
俺はスペイン語が堪能な女性を二人雇った。二人とも東京外国語大学の出身だったが
一人はマドリードに在住しブラッシュアップしている。
もう一人はメキシコ・シティーに住み完璧にマスターしてきた。
俺は彼女達が話しているのを聞いて思ったのだがスペインのスペイン語の方が
中南米やメキシコ等のスペイン語よりもきつく、まるで怒っているように聞こえるのだ。
彼女達にも確かめたが実はそれは本当らしい。
彼女達を動員して川崎の中南米人を纏め上げてる組織に接触した。
その中のカルロスという親分的男と俺は食事をしながらいろいろと相談した。
今の国への国際電話をかけている現状や値段、時間帯などだ。
彼らは寮の公衆電話をKDDのプリペイドカードを使ってかけているらしい。
それもかなり高額だ。1分350円もするらしい。俺の中南米の国への平均通話料金は
100円を切る事ができる。
ここにビジネスチャンス有りと俺はふんだ。
だが問題なのは料金の回収なんだ。彼らはクレジットカードも銀行口座もない。
後払いはとても危険だ。
デポジット(保証金)制度も考えたが管理が実に煩雑だ。
この時、初めてプリペイドカード制作の投資をすることにした。
カードのデザインは自由に決められたがある程度のサンプルデザインの
中から決め、後はうちのロゴを入れれば安く上げられる。
30日位でNYで作成し自販機を寮に入れた。
それこそ飛ぶように売れた。
KDDが対抗策に出てきた。寮の各部屋に電話機を無料で設置して国際電話を
かけさせようとしたのだ。いちいち公衆電話に行かなくても電話がかけられる。
ただし国際フリーダイヤル回線を使った電話だけはかけられない。
俺の会社の排除が目的だったのだ。
でもこの対抗策は超簡単だった。電話機を使う国際電話は本来こちらの
お家芸なのだ。もともとそちらが専門なのだ。
そのKDDが各部屋に用意した電話機すべての番号をニューヨークのうちの
交換機サーバーに登録した。
そして通話方法を説明書を配った。
俺の会社のボロ勝ちだった。
俺の会社には問い合わせや登録は全てスペイン語窓口が対応する。
とにかく面白いほど利益はあがった。
ホテルではやられたが寮では勝てた。
まだまだKDDとの戦いは続く。
▲ by haruotokashiki | 2005-03-15 03:12 |
国際電話事業
国際電話事業30 1月6日 の続き
左のカテゴリーから選んで読んでください。
韓国へのOEMを決め実際に韓国でのビジネスが始まった。
ソウルを拠点として顧客を集めて来た。
始めのひと月は約100回線の登録だった。
一ケ月が過ぎて請求明細のデータをソウルに送った。
集金はうちの会社がアメリカのクレジット決済会社で集金する。
ここでひとつの問題点が発生した。
韓国の電話のプロトコール(規格)に合わせNYのサーバーの
調整をしたはずなのにその設定をリーの会社のエンジニアが
さわって変えてしまったのだ。
それをさわるとどうなるか?
通常電話を切ると電話を切ったという信号が交換機に届き通話回線は
カットされる。
ところがこのカットの通話終了の信号が発信されず顧客が電話を切っても
サーバー側でまだ通話中と認識して回線は開いたままになる。
その間、課金はどんどんされていくことになる。
ただサーバー側でもフェールセーフ装置が付いていて音声が無い沈黙が
15分以上続いた場合、自動的に回線をカットする機能は付いていた。
しかし韓国の通話明細については全ての通話に15分の電話料金が
上乗せされている事になったのだ。
これはえらい事だった。こちらも気がつかなかったのは落ち度だが
リーの会社が無断で設定を触ったのは明らかに彼らの責任だ。
リーと俺は電話で凄まじい喧嘩になった。
いつもはへたなリーの日本語で俺とコミュニケーションしていたが
リーが興奮するとさっぱり意味が通じなくなる。
アメリカに留学経験がある彼が英語に堪能なのは知っていたので
「言ってる事もうぜんぜん分からないよ。英語で話さないか」と俺は言った。
リーの英語はかなりのものだった。まるでネイティブ並の内容とスピードだ。
これで喧嘩も俄然ファイトが湧いて来た。
でも最後にリーが言った。
「だからジャップは信用できないんだ!」
結局ビジネスは解消する事にした。だが後始末が残っていた。
15分上乗せされてる分を引いた本来の通話料はこちらも集金しなければ
ならない。
その分は払うとリーは約束した。しかしそれらをクレジットカード会社に
決算にまわしたところ顧客からの支払い拒否に合い集金が不可能になった。
これはひどかった。しかしそれ以来リーとは一切連絡が取れなくなった。
オフィスに伝言を残しても無しのつぶてだった。
金額も訴訟を起こすには微妙に金額が小さい。
俺はこの損を結局被る事にした。
今回の件、冷静にお互い話をして対処すれば解決できただろう。
俺はNYの韓国人社会ともとても仲良くできた。
従業員もチューさんがいた。
でもなぜか本国の韓国とは相性がどうも悪いのだ。
この失敗はまた多くを学ばせてくれた。
▲ by haruotokashiki | 2005-03-04 00:47 |
国際電話事業
35からの続き
よりにもよってこんな画期的な新技術は他社を6ケ月はリードできる。
そのおいしい技術をもし俺の横に同席しているプライベートバンカーに
聞かれそれをどこかでしゃべられ同様の技術を開発されてしまえば
せっかくのチャンスを失ってしまう。
俺はチャンのプレゼンを止めたかった。
しかしあからさまにストップすればバンカーとの人間関係に亀裂が
生じるしそんなにすごい技術だったのかと逆に注意を喚起してしまう。
俺は突然トイレに行くと言い中座して外に出てチャンの携帯に電話を入れた。
数回コールした後、チャンが電話に出た。すかさず「ドント・トーク・エニシング。
リッスン!俺の名前は今口にするな。今日のプレゼンはすごい新技術だ。
あのバンカーの前で話さないでくれ。秘密が漏れるのはやばいんだ。
分かるよな俺の言ってる事。」一気に話した。
チャンは素早く理解した。電話を切った俺はしばらくして席に戻った。
目で合図してうなずいた。
チャンはプレゼンの核心を別のどうでもいい新技術の話に切り替えて
行った。
バンカーの表情を伺う。しかしバンカーから鋭い質問がでた。
先ほどの技術の話はそれでどうなったのかと関心を示している。
うーこいつバカじゃない。
でもチャンは俺を一瞥した後、すぐに続けた。元の新技術の話に戻したが
うまく核心をそらして画期的なメリットを隠し、二次的な補助的なメリットだけを
強調した。
なんとかこれには納得して聞いていた。門外漢のバンカーにはこの辺が限度なはずだ。
話を終え3人での会合を終えた。
バンカーと別れた後、ウィルシャー通りを車で移動中のチャンに電話を入れ
ビバリーヒルトンの一階のカフェで待ち合わせをした。
そして俺はチャンに詫びた。チャンは大笑いをしていた。
そして改めて遠慮ないプレゼンを二時間かけて受けた。
しかしあの時は自分のドジに冷や汗をかいた。
俺は本当に不注意でアホだった。
▲ by haruotokashiki | 2005-03-02 00:06 |
国際電話事業
シリコンバレーにある電話サーバーソフト開発会社の社長の
ジェリー・チャンはとにかく陽気な男だ。
この男は機嫌の悪い日などあるんだろうかと思うくらいいつも明るい。
でもこの男は日本でもニューヨークでもとにかく俺に会いたがるのだ。
新技術のプレゼンをいつも見せてくれる。
大体は彼が自分で言うほどの革新さはあまり感じられないものが多い。
ただ彼といるとなぜかプラスのエネルギーをもらえるようで気分がいいのだ。
今回もまあ付き合いでロスのリトルトーキョーにある石鍋ステーキをご馳走になった。
たまたま俺の会社に関心を寄せていたたまたま日本から来ていた
プライベートバンク(資産家の資産を預かり運用するファンドマネージャー)が勉強のために同席させて欲しいと言ってきたので連れていくことにした。
俺もいつものように代わり映えのしなチャンのプレゼンを聞かされるのかなと
思っていた。
しかし彼の今回の話はいつもと違っていた。
俺の会社の採用しているアメリカの回線は格安でありながらさらに円高の追い風を
受けて日本マーケットではKDDを相手にシェアを伸ばしていった。
しかしKDDが5年後先くらいには値段を下げて対抗してくるのは分かっていた。
このビジネスは一生できるビジネスではないのははなから分かっていた。
値段競争は外資系電話会社と繰り広げていた。まさに凄まじい値段競争だった。
広告もパンフレットも正に他社の値段を上げうちの会社との比較をうたっている。
末端価格は下がっていたが技術開発と交渉のおかげで仕入れ値も下がっていたので
まだ持ちこたえて利益は上げていた。
しかしそれも限りなくゼロに近づくともう下がりようがなくそのビジネスのうまみは
もう無くなってしまうのだ。
ちょっと前、アメリカイギリス間がちょうどそうなったのだ。
高い大手キャリアに独占されていたこの大西洋ラインは長らくドル箱だった。
しかし新技術をひっさげ中小の電話会社が参入し安売り合戦に火がつき
結局NYの市内通話よりも安い値段になってしまった。
次にアメリカ日本間の太平洋回線に同じ戦いが起こるのは予想できた。
俺はそれに対抗する一時的な技術開発をNYのロバートの会社に開発させていた。
それは回線の音声データを圧縮させて送る技術だった。
それにより従来の回線の容量に約3倍の音声を乗せられるので1分あたりの値段が
大幅にコストカットできるのだ。
しかしチャンの話はそれを上回るポテンシャルを秘めている話なのだ。
俺は自分の馬鹿さを呪った。
寄りによってこんな新しいめったにない新技術のプレゼンによりによって
プライベートバンカーを同席させてしまったのだ。
事前に内容を軽くチェックしておけばよかった。
俺はなんてばかなんだ。
俺は話の途中でチャンに指と顔で合図を送り話が核心へ行かないようにした。
やっとチャンが俺に気がついた。
しかしそのヒントの部分は話と書類で話してしまっている。
バンカーの中では果たしてこの重要さを理解してしまっているのだろうか。
俺が話をとめさせたところを感づかれたら後で一斉に調査されてしまい
情報が漏れビジネスの旨みは霧散霧消してしまう。
俺のあたまはフル回転していた・・・・・・・・そして
続く
▲ by haruotokashiki | 2005-03-01 00:20 |
国際電話事業
以前書いたが俺の所有しているサーバーのソフトの
開発と制作の毎日の保守はロバートの会社に任せていた。
打ち合わせにはいつもロバートにつきそうようにヘンリーがいて
ヘンリーの腕につかまるようにしていつも来社してきた。
最初に会ったのはスプリント社の会合でだった。
ロバートは完全なる盲目だった。
目は真っ白だった。
打ち合わせの会話をしている分には普通の人間とまったく変わりはない。
しかしメモは小型のレコーダーにささやくような声で録音している。
ノートパソコンにももの凄い速さで打ち込んでいく。
まさに本物の「ブラインドタッチ」なのだ。
入力したあと一体どうやって読むのだろうと思っていたら
それを機械音声が読み上げるソフトがあるのだ。
彼らはよく俺を接待してくれた。
アメリカの場合は食事を兼ねての打ち合わせは朝食か
昼食にするケースが多い。パワーランチと言う。
日本の場合は高級料亭で食事後、クラブでホステスを交えて
仕事の打合せをするのが慣習だ。
ロバートはその日本の習慣を知っていて俺を夜に接待しようと
したのだ。
俺は「プラネットハリウッド」に行きたいと言った。
ここはアーノルド・シュワルツネッガー、シルベスタ・スタローン、
ブルース・ウイリスら3人の共同経営でハリウッドの
映画で撮影に使われた小道具、大道具をインテリアにしているんだ。
俺は待ち合わせの時間に遅れないように早めに仕事を切上げて
店に向かった。
案の定人気が凄いので夜の部の開店前の長い長い行列だった。
彼らを探してみたらなんとロバートとヘンリーが二人最前列に
いるではないか。
電話予約ができなくて俺のために一時間前に並んでくれたんだ。
店の中は「ターミネーター2で使用したハーレーダビッドソンのファットボブ、
「ロボコップ」「プレデター」の等身大モデル、
トラボルタの「グリース」の不良グループTバードの皮ジャン、
キム・ベイジンガーやジャック・ニコルソンのハイスクールの
卒業アルバムなどがチューブ型のガラスケースに展示されているんだ。
味はまあまあだが映画の雰囲気はかなりリアルで楽しい。
今ではフロリダのオーランド、ホノルル、LAのウイルシャー通りに
もあって今でもよく行く。
食事が済んでヘンリーが携帯電話を取り出して新しく開発した
技術をデモして見せる。
今回のは顧客がいちいちかけ先をプッシュしなくてもサーバーで
予めかけ先をメモリーしておいてワンタッチで簡単便利に使える
機能だった。
逢うたびに次から次に新しい技術を開発し嬉しそうに俺に見せる彼に
いい奴だなって思っていた。
そうこうして軌道に乗って一年位したある日俺のオフィスで
定例ミーティングだった。
しかし約束の時間を過ぎてもショーアップしない。(現れない)
やがて15分ほどしてロバートが来た。
俺はヘンリーはどうしたのか訪ねた。
ロバートが言った。「ダブル・クロスさ」(裏切られた)と。
ロバートはいつもヘンリーに大幅な信頼を寄せていた。
会社の技術もお金の流れも全て彼に話していた。
アメリカでは支払いはすべてチェック(小切手)で行う。
チェックには宛先と金額と社長のサインがあってチェックが完成する。
これを支払い先に郵送し、支払い先はそのチェックを自分の口座で
現金化するのだ。
ある日、いつものようにロバートはいつものようにチェックを書いた。
ヘンリーが差し出すチェックに書いた。
チェックの金額は$10000だったら「Ten thausand dollers 」と
肉筆で記入するのだ。アラビア数字だと改ざんされるからだ。
サインは確かにした。しかし金額と宛先はチェックの上にもう一枚
別の紙をのせられそれに書かされたのだ。
結局盲目の彼はそれに気付くことなく宛先、金額空欄のサインだけした
チェックをヘンリーに取られてしまった。
後でヘンリーは宛先に自分の息のかかった会社の名前を書き、
会社の持ち金の全ての金額を書き込まれまんまと会社のお金を
持ち逃げされてしまったのだ。
ある日なかなか出勤しないヘンリーを心配していたが遂に心配になって
口座を調べたところこの犯罪が判明したのだ。
これは明らかな特別背任、横領で刑事事件であり警察が動くケースだ。
また民事ではすぐにスー(告訴)される。
会社として損害はお金と技術だった。
しかしそんなものはまたゼロから始めればいいと言う。
ロバートが何よりも辛かったのが長年信頼してきて
苦楽を共にしてきた心の友を失った悲しみだった。
ロバートはサラリーマンの頃、病気で失明し解雇されてしまった。
絶望しかけ死ぬことも考えたが一念発起しプログラムの会社を
起業した。何度かの倒産や失敗を経たあと会社を軌道に乗せた。
それを共にやり遂げて来たヘンリーに裏切られたのだった。
真っ白なロバートの目から大粒の涙が彼の膝にポタポタと落ちた。
こんなロバートを見るのが本当に辛かった。
以前ロバートとニュージャージーへ出張した時にダイナーで食事した
事があった。
彼は言ってた。「先週ハイスクールの時のリユニオン(同窓会)に
行ってきたんだ。その時、好きだった彼女に20年ぶりに再会したんだ。
彼女は僕が失明したのを知ってショックを受けていたが俺の手を握って
顔を触らせてくれたんだ。
まさしく彼女の顔だったんだ。」
とこぼれるような笑顔を見せて無邪気に笑っていたロバート。
今のロバートは人生でも最大級の悲しみのどん底にいる。
そして今どうして声をかけていいか途方にくれた俺がいた。
栄光も、挫折も、そして裏切り、非情さもまた
ニューヨークビジネスの真実の姿なのだ。
チアアップ・ロバート!
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▲ by haruotokashiki | 2005-02-09 14:35 |
国際電話事業
例えば阪神淡路大地震や新潟中越地震でも言える事は
その被災地に向かって電話が集中して交換機が容量オーバーで
パンクしてしまう事が必ず起きる。
我々がキャリア(アメリカの大手電話会社)との回線契約では
よくかける国の回線の容量をコントロールする事ができる。
もちろん増やせば基本料金はかかってきてしまう。
その需要が見込めないと採算は割れてしまう恐れがある。
俺の会社はアメリカ-日本、アジア-日本を中心に回線を振り分け
セットアップしていた。
しかし世界各国の地域で起こる地震や台風やクーデターが起こった時、
その国のよその地域からの電話は電話が集中するためオーバーロードを
起こしてしまうので自動的に回線をセーブしてしまうのだ。
日本でも被災地に電話や携帯がかかりにくくなるのはこのせいだ。
ところが実は国際電話の着信はつながりやすいのだ。
後は海底ケーブルと人工衛星の容量があれば被災地でもすこぶる
国際電話の発信着信はかかりやすくなるのだ。
俺は気象情報専門チャンネルで中南米から北アメリカを襲う大型ハリケーンの進路を刻々と追った。
そのモニターを見ながらハリケーンが通過する国の回線を増やすように
キャリアに指示していったのだ。
ハリケーンの進路を予想してエクアドル、ペルー、コロンビア、ジャマイカ、
バハマ、フロリダと順次回線を増やしていく。
思ったとおりだった日本のKDDがいち早く現地は「回線が込み合っているのでおかけ直しください」の英語の録音が回っていると東京から連絡があった。
俺の会社はまだまだ繋がる。
通話容量は被災地へ東京からとアメリカからとが急増した。
予想はおおあたりだった。
その後、ハリケーン情報と中南米地震とボスニアヘルツエコビナの戦地やクーデータ地域はとにかく繋がった。
このアナログではあったが国際情勢を読んで予想して回線を増やして
いくやり方は大きな利益を生んだ。
しかし俺は資金繰りには苦しいがこのやり方で利益を上げたお金の原価を
引いた分は思い切って目をつぶってドーネーション(寄付)した。
自分の読みの正しさと判断力の
正しさに満足感や達成感が残っただけだった。
後にはお金はちっとも残らなかったが面白かった。
ひょっとして俺は金儲けに向いていないのかと思った。
面白くないビジネスはボーリング(退屈)なだけだぜ。
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▲ by haruotokashiki | 2005-02-02 00:05 |
国際電話事業