「目の前に立ちはだかるトラブルは、私の栄養でしかない」
上原ひろみ
さすがだよ こんなプラス思考があるのだろうか。
ジャズピアノの奇才オスカー・ピーターソンの愛弟子だけある。
彼女の演奏は素晴らしかった。
俺は26歳で独立する前、最後の仕事が筑波の科学博だった。
日立パビリオンの担当だった。
立体音響と椅子に仕掛けたスピーカーと大型映像や展示物が担当だった。
さらに遡ること70年の大阪万博は3度出かけた思い出がある。
あの大阪万博の日本館で目玉として展示されていたのは
リニアモーターカーだ。新幹線に変わる超超特急として20年後にも実現と書いていた。
時速500キロで地上から浮き上がり滑走し東京、大阪間を一時間で結ぶ。
あれから35年。リニアが開通するなんて片鱗も伝わってこない。
山梨に実験用のコースはできてはいるが35年、開発を含めれば40年も経ち
老朽化もすすみすでにリニア自体が最先端技術ではなくなってきているのだ。
開通までどう見ても土地買収や技術確立まで考えると30年では無理。
では40年と見てもそうすると開発から開通まで80年かかる鉄道技術など
あるのだろうか?
リニアは明らかに馬の上からニンジンぶらさげて走らせている。
追っかけても追っかけても永遠に食えないニンジンなのだ。
その頃には重力をコントロールできる反重力が理論だけでも発見されていたとしたら
リニアなんてアンティークになってしまうだろう。
大阪万博ではさらに人間洗濯機なるお風呂もあった。
十年後の家庭の風呂はこうなるだろうという展示だった。
さらに家庭には御手伝いさんロボットがいて人工頭脳を持ち
会話をしながら家事をこなしてくれている。
宇宙ステーションを経由して宇宙旅行が一般人でも自由にできる。
月の石が展示されていて20年後には月面で住宅ができているだろうと。
こんな具合なのだ。現実はそんな事に程遠い。
15年から20年に一度、なんとか博覧会が開催され見事な未来像が描かれるが
それらの実現しなかった場合の責任はあいまいだ。
純心無垢な気持ちでひたすら未来の世界に思いを馳せてひたすら大人になる事を
夢見ていざそれが裏切られた時の失望はだれにぶつけたらいいのだ。
いったいどこに人間洗濯機がある家庭があるというのだ。
どこに家事ロボットがいるのだ。
二足歩行がやっとのレンタル料金が月数百万円のアシモがいるだけだろう。
振動して痙攣しているように歩くアイボが数十万するだけだろう。
人工頭脳なんてあるのか。
月面住宅ってどこにあるの?
アポロ以来月開発は終了して未開の土地に逆戻り。
スペースシャトルは単なる輸送船だ。
アポロ計画とは桁が違うのだ。
シャトルの事故は100万分1の確率だといいながら30回に一回は
墜落するいまだに最も危険な乗り物だ。
人類の科学技術なんてしょせんそんなものなのだ。
そしてまた愛知万博。手段は多少変えてもどうせ20年後にはこんな未来が訪れるなどと
子供にかないもしない夢を植え付ける。
夢時代は素晴らしい。しかし許せないのは未来予想図が科学者の手を離れ
広告代理店の手によって宣伝の手段に未来が利用されるのが許せないのだ。
70年の大阪万博の展示物。果たして現実になったものがいくつあるのか
ぜひとも検証してもらいたい。
日本では何が流行っているの?
What`s in in Japan?
今ロックが流行ってるよ
Rock is in
ロックは流行らないな
Rock is out
この辺でいけてる店知ってる?
Do you know any cool (happening) joints aroud here ?
(jointsは店)
戦争写真家のロバート・キャパの写真との最初の出会いは
確か小学四年生の時、学校の図書館で偶然めくった本だった。
スペイン戦争で飛び出したところを銃撃され手を広げて後ろに倒れこむ
瞬間をとらえた「崩れ落ちる兵士」が強烈なショックを持って脳裏に
突き刺さってきた。
俺のそれまでの写真といえば祖父がカメラが趣味であったので
家族や親戚で楽しく過ごす写真や学校の集合写真やせいぜいスナップ写真と
いう類の発想しかない。
戦争という極限状況の中、緊張の中にまたさらに張り裂けるような緊張の中の
ほんの一瞬にフィルムに焼き付ける映像はこれほどの衝撃を持っているとは
驚きだった。
カメラを胸に抱え、さらにファインダーを覗き構図を決めフォーカスを計算し
一瞬のチャンスを捉える判断を右手の人指し指でシャッターボタンを瞬間的に
数ミリ下に降ろす。
映像と出来事は万人の周りに動く映像として止まることなく展開していく。
写真は瞬間を画像として記録する。
しかしそこにはカメラマンからの「思い入れ」、「メッセージ」が写真から
言葉でないものが伝わってくる。
何が言いたいか分かるのだ。
キャパの写真展は今まで何度も足を運んできたが今回の日本橋の
三越で開催されたキャパの写真展は今までとは訳がちがった。
普通我々は戦時中の映像はモノクロ画面、荒れた映像などで
画像が何を写しているのかではなくまず無意識に画像の色と
画質で時代を「古い」と認識して年代を推定してそれから
映像の中身を見ているのだ。
我々の脳の回路が長年の学習でそう出来上がっているのだ。
しかし今回の写真展の作品はその思考回路を見事に打ち破って
混乱に陥れる。
写真がカラーでさらにポジフィルムからおこしているために美しすぎるのだ。
見た瞬間皆はあれって思ったはずだ。これって何時の写真って。
解説には60年前とあるがその数字の情報が既成概念の60年前の
認識とずれるのだ。
我々の常識からは戦時中に色は存在していなかったのだ。
今回の写真展が面白さはまさにこれだ。
この時代のカラー映像がこんなにも存在しそれもあのロバート・キャパ撮影に
よるものだとは。
写真は当時の空気を伝えてくる。抜けるような空、澄んだ空気、戦闘の合間の
つかの間のくつろぎ、若い兵士のくったくのない笑顔、
やがて死ぬかもしれない現実を前にしても使命を全うして国のために家族のために
戦っているという誇りある表情。
まさにタイムマシーンで数分前にそこに行って撮影してきたような、さっきそこで
撮ってきたような写真なのだ。
100枚あまりのこれのポジはずっとニューヨークのオフォスで眠っていた所を
偶然去年発見されたという。
写真を次々見て移動するたびに感動は俺に波のように押し寄せてくる。
戦後の日本の京都の賀茂川の川原の子供達の遠足で弁当を食べている写真が
あった。
キャパの優しさと愛情がファインダーを通して今度は子供と会話しているのだ。
「おいしいかい」「たいへんだろうけどがんばるんだよ」「きっといいことあるからね」
彼の頬つえをついて微笑んでいる写真が大好きだ。
この地球のあらゆる悲惨さと悲劇を生で目撃しながらこの世で最高の笑顔でいられる彼は
いったいどんな人間なのだろう。
きっといつか自分の手で戦争をこの世から抹殺できるだろうという希望からきているのだろうか。
あの第二次大戦で史上最大の作戦とも言われるノルマンディー上陸作戦で
彼は従軍した。
スピルバーグが描いた「プライベート・ライアン」はまさに地獄絵図だ。
その中で命をキャパが賭して撮影したフィルム100枚あまりをキャパの助手のミスで
パアにしてしまった。
これらの取り返しのつかないなくなってしまった写真はもう想像するしかない。
そこにはどんな映像が写っていたのだろうか。
キャパが地雷に触れて最後を迎える寸前の写真が有名だが、長年その正確な位置は
不明だった。
しかし去年ついにその場所が特定されたとのニュースが飛び込んできた。
当時の景色とはすっかり様子も変わってしまっていたがまさにその場所だった。
キャパが地雷に触れそして意識が遠のいていくとき彼の脳裏には今までの
多くの場面がよぎったのではないだろうか。
彼の素晴らしい言葉は子供時代の俺の涙をさそったのを今でも覚えている。
「私の夢は永遠の失業である」



地雷に触れ爆死する寸前に撮影した写真
「危険が身に迫った時、逃げ出すようでは駄目だ。
かえって危険が二倍になる。しかし決然として立ち向かえば、危険は半分に減る。
何事に出合っても決して逃げ出すな。決して!」
チャーチル
私のパンツがお尻に食い込む
My underwear is rinding up my ass crack
まじ、はずかしかったー
That`s totally embarrasins
どう?元気?
How`s it hanging ?
だれにいいかっこするの?
Who are you trying to impress ?
おまえおかしいよ
You are freak out (crazyよりもっと上)
ついこないだまではアメリカから日本へ行く時は自分の会社のために
パソコンを必ず買って帰っていた。
とにかくアメリカはパソコンが安いのでこれは助かった。
だから日本のオフィスのパソコンは皆アメリカ製なんだ。
アメリカのパソコンにはプレインストールされているのには
当たり前だがOSは英語版WINDOWSだ。
これをアンインストールして日本語版WINDOWSを乗せる必要が
あった。
デスクトップはなんとかなるのだがノートの場合はインストールできたのだが
黒い画面の中央に小さな画面がでてそれは通常の画面なのだが
なにしろ小さすぎるのだ。
あらゆる伝手を使いパソコンのエキスパートに見てもらったが
これはどうしても直らなかった。
パソコンは昔のMS-DOSの頃に比べると格段に進歩した。
15年まえにラスベガスのコムデックス(世界最大のPCショー)で
WINDOWSを見た時は感動したものだった。
だがあれから15年、さっぱり進化しないのはなぜなんだろう。
PCのスイッチを切るのにスタートボタンを押させるのはおかしいだろう。
あいも変わらずフリーズを起こし、作成中のデータがパアになったりする。
ありとあらゆる複雑なもしかしたら一生使うこともない設定を
日常的にかなり頻繁に使う設定を同列に選択肢として表示してくる。
スイッチをONにしてから立ち上がるまで1分、へたすると2分や3分かかってしまう
遅さ。切る時も面倒なクリックを繰り返さざるを得ない。
年配の人は立ち上がりの遅さで何度もスイッチを押してしまいPCの
ハードディスクをクラッシュさせてしまう事故が絶えない。
どうしてテレビみたいに簡単に点けたり消したりできないのだろうか。
ワードとエクセルの使い勝手の悪さ。
そしてデータの重い事、重い事。
世の中にPCが普及したとはいいながら、依然大勢の年配の人がPC操作が
難しくて手が出ないという。
俺は思う。この本当にメカに弱い年配の人を最後までPCユーザーに取り込めないのは
マイクロソフトのせいだと俺は思ってる。
汎用性は圧倒的にWINDOWSだがユーザビリティからいえば圧倒的に
マックの方が上だろう。
マンハッタンでビジネスマンが持つノートPCは圧倒的に評価されているのがIBM。
続いてTOSHIBAだろう。
マシンが頑丈なのに加えて全米や世界中に展開するサービス網が徹底しているからだ。
アメリカではノートでモバイルカードでネットに繋ぐという事はなかなかない。
ほとんどが電話の横のモジュールジャックを使用する。
無線LANは急速に普及してきた。
空港でのビジネスセンターやフォーンボックスではパソコンを繋いでメールチェックして
いる姿が見える。
さらにめんどうなのは飛行機に搭乗するまえにいちいちスイッチをONしてWINDOWSが
立ち上がることろまで見せないと通してもらえないのだ。
全員に検査する訳ではないが抜き打ちで徹底的に検査のシャワーを浴びせる事がある。
靴下を裏返して調べられたり、ウォークマンはバッテリーまではずして調べられる。
急いでいる時はたまったものではない。
今までは飛行機の中が唯一、電話もメールも追いかけてこない安らぎの空間だった。
しかしもうすぐ飛行機の中でも衛星による無線LANサービスが開始するという。
もうこの地球にPCと携帯の追いかけてこない空間はないのだろうか。