転職希望者を登録しておきそれらの人材を企業の要望に応じて
紹介するのがエンプロイメントエージェンシーといい、
もともと転職など考えてもいない人材を企業の依頼で引き抜きを
するのをエグゼクティブサーチ、通称ヘッドハンティングと言う。
エンプロイメントエージェンシーの仕事が評価されついに
エグゼクティブサーチの仕事が舞い込むようになってきた。
それもアメリカを始め海外の企業の依頼で日本企業からハンティングしたり
日本企業の依頼でアメリカから引き抜く事もあった。
今だから話せるが今から書く事は当時は完全なる秘密保持契約を結ばされクライアント企業の未来がかかっていると言っても過言ではないほどの仕事だった。
依頼主は日本では第三位自動車メーカーホンダだった。
ホンダは戦後本田宗一郎が自転車の前輪に発動機をつけたのをかわぎりに
日本初の二輪車メーカーとなった。
静岡の一町工場が次々とレースで実績を残し遂には4輪車に進出しようと
F1レースでは67年で初の優勝を果たし通産省の4輪車製造の認可を得た。
その後は日本で第3位の自動車メーカーに成長した。
しかし本田宗一郎の夢はそれでは終わらなかった。
次に彼がやりたいこと。それは「空」だった。
飛行機を作りたいと思ったのだ。
具体的にはビジネス小型ジェットの製造だ。
そして依頼の内容は技術者の引き抜きだ。
一言で技術者と言っても大きく二つに分かれる。
機体とエンジンのエンジニアだ。
日本の航空機関連の企業は
三菱重工、川崎重工、富士重工が機体。
石川島播磨(IHI)がエンジンメーカーだった。
それらの技術部門の中枢の優秀な人間は実は
アメリカの飛行機メーカー、ボーイング社や
マグダネルダグラス社、プラットアンドホイットニー社に
出向したり研修に来てる連中が多いのだ。
ホンダの依頼はそれらの米国在住の日本人航空技術者と
大学の航空機研究室の研究員だった。
引き抜いて欲しいとの事だった。
ヘッドハンティングは調査が半分、引き抜き工作が半分だ。
このヘッドハンティングのアメリカの会社で有名なのは
コーンフェリー社、スペンサースチュアート社、エコンゼンダー社たちだ。
しかしなぜ彼らに依頼せずうちのような駆け出しに依頼するのか。
大勢でスカウトに一斉に走れば必ず秘密は漏れる。
アメリカの土地勘がありアメリカのビジネスも分かりアメリカで日系人ではなく生粋の日本人に日本人を日本人のハートでスカウトして欲しいからだ。
まずターゲットとなる会社の待遇面での弱点と仕事での社員の不満点を高校や大学の
同級生を通じて研究する。
これらの企業を通じて言える事は巨大ながら旧態依然とした古い体質で保守的であり
冒険を怖れる事。
また稟議も複雑で一件の申請でも上司たちの稟議の印鑑が50個も必要な会社もあった。
無駄な長時間の会議がとにかく多い。
またプロジェクトの失敗の社内制裁処置も非常に重い事も分かった。
サービス残業は凄まじい時間させられる。給与は高いとはとても言えない。
対する依頼主のホンダは
なんと失敗表彰制度がある。ある案件でこれがうまくいくのかいかないのか
わからなかったのが失敗によりダメな事が判明したら次の案件にまた進める。
これは大いなる進歩であると考える。
とにかく挑戦を続ける社風。
稟議は自分の印と直属の上司の印のみ。組織はピラミッド型ではなく
文鎮型。つまみがリーダーであとは皆直属。だから風通しがすさまじくいい。
ノー会議デー、ノー残業デーがあり警備員が見回り残業をしていたら無理矢理
帰宅させられる。
給与はメーカーとしてはかなりいい。
ターゲットのリストも調査会社からあがってきていた。
名前、住所、年齢、バックグランド、家族構成まで分かる。
俺は職場にいきなり電話をかける。
秘書や同僚をくぐってやっと本人が出た時に切り出す。
「あなたを欲しがっている起業があります。好奇心でもいいですから
一度お目にかかって話を聞いていただけませんか。
あなた自信がどんな企業があなたのどこに目をつけたか聞くだけでも
価値があると思いますよ」という。ここはアメリカだ。
まず断る人間の方が少ない。
全米どこへでも出張して行く。仕事の後か休日にホテルのカフェで
話す事が多い。
話す事は自分の会社の事、実績。それからあなたにどうやって目をつけたか。
依頼主の会社の事。だが今回はホンダが航空機に進出する事は
トップシークレットだったので依頼主の企業は明かせないのだ。
そして今度は人材のレジェメ(経歴書)を作るためのインタビューだ。
履歴から技術の専門分野の詳細を聞き出す。
予めホンダから航空工学のレクチャーを7日間ぶっ通しで受けていたので
専門的な質問もけっこうできる。
社に戻りこの人材の書類を作るのがまたおお仕事。
一人に付き20ページ位のレジェメを作る。
人材は商品なのだ。
ホンダの和光研究所のOKが出るとホンダ側の人間3人と人材の引き合わせを
セッティングする。日本へ連れて行く事もあるしアメリカで会う事もある。
大体がホテルのレストランの個室を手配する。
超大物の役員クラスのスカウトの場合は特に社用車を別のホテルで降り
タクシーで会見場所のホテルへ乗りつける位気をつける。
ホンダ側は最初に人材に会っても名刺を出さない。事情を話し詫びながら
面接は進んで行く。場合によっては人材が企業名を名乗らないなど失礼だと
言って席を蹴ってしまうこともあるがしょうがない。
ホンダ側が人材の能力に満足しこの人材が欲しいと判断すると俺に目で合図してくる。
そして会社名が明かされる。
「えーホンダが飛行機業界に?」と驚きを隠せない人が多い。
でもホンダの情熱と企業姿勢と理念を聞くにつれ人材がどんどん転職に
前向きになってくるのが手に取るように分かる。
ここらでほとんど転職の説得は完了する。
そして退職指導をする。退社の仕方、理由、家族の説得方法、
転職先の秘密保持などだ。
こんな方法で各社から平均5名ずつ、IHIからはなんと10名を引き抜きまくった。
IHIもばかじゃなかった。
ある日俺にIHIの専務から電話が入った。俺を調べたらしい。食事に誘われた。
用件はずばりもうスカウトをやめてほしいとの事だった。やめてくれるなら
手打ち金を払うというのだ。
俺は一人引き抜いて年収の40%が報酬だった。
スカウトを中止するのには安い気がしたが実はもうスカウトはほぼ終了していた。
俺は専務に言った。「引き抜かれたポストを埋めるための仕事をさせてください。
報酬は年収の50%お願いしますね。」
自分が壊した後を修理代をもらって直そうというのだ。
企業はこのクラスの技術者を育てるのに10年以上の時間とお金に換算すると2億円
以上つぎ込んでいる。
それらをスカウトされ続ける事は2億ずつその会社から合法的に奪っている事なのだ。
まさに「アリ」が「象」を食うのだ。
豪快なビジネスだった。しかしこれらの技術者のネットワークができたおかげで
次の国際電話のビジネスに繋がっていくのだ。
「巨大企業を相手に個人が揺さぶりをかける」思えば俺はそんなビジネスが
ほんとに好きなんだなあ。
クライスラービル かつて世界一高いビルだったこともある。
俺のオフィスはこのビルの斜め前すぐ。
グランドセントラルステーションから2分。