バングラディシュでの日本人は商社かゼネコンの人間とあと農業指導員位しか
いなかった。
そして会った日本人は全てこのバングラディシュが嫌いでとにかく早く日本へ帰りたい
日本へ帰りたいばかり言っていた。
俺の滞在中も事件はよく起きた。商社マンが自殺するのだ。
大体が3年から4年単位で駐在命令が出る。毎年その駐在の期限が迫ると
帰国命令をとにかく心待ちにする。
当時は国際電話など申し込んでも繋がるのは5時間後だったりする。
それも雨が降ったら不通になる信じられないものだった。
唯一の本国の本社と繋がっている通信手段がテレックスなんだ。
任期の終了が近づくとまるで刑務所の刑期が終わるような感じだ。
本人は当然帰国命令がでると思っているところへある日
「もう4年駐在を命ず」とテレックスで一行だけ連絡が入る。
その落ち込みたるや大変なものだ。見ていて哀れだ。大酒を飲み暴れて
家具を壊してしまう。鬱やノイローゼにかかってしまう。
下手に現地の言葉をマスターしようものなら永遠に日本へ帰してもらえない
危険がある。
だから意識して現地語は覚えないようにしている。
そんな時絶望して自殺してしまうのだ。この国はやわな日本人の神経では
耐えられない国なのだ。
しかし俺は思った。若い頃海外で仕事で活躍するのは「男子の本懐」では
ないのだろうか。
俺はこの「男子の本懐」と言う言葉が大好きだ。
この国にいる日本人はいつも日本を向いて仕事をしている。
日本へ帰ることしか頭に無い。そんなに帰りたければ会社を辞めればいいだろうと思う。
でもそんな正常な心理回路さえおかしくしてしまう国なのだ。
ある日、商社マンの部長夫妻と部下夫妻が部長宅で食事をしていた。
部長がどこからか手に入れた拳銃を見せて自慢していた。
ふとしたはずみで拳銃がなんと暴発した。
弾は部下の奥さんの胸を貫通した。急いで病院へ運ぶも既にこと切れていた。
上司の拳銃で妻を目の前で撃ち殺された気持ちは想像するに心が痛んだ。
ある商社マンは破傷風になった。これは外部からの刺激に敏感になり光や音が
凄まじいショックとなり悶え苦しむ。
医者はワクチンを打った。ところが破傷風は治まったがそのワクチンが品質が悪く
その商社マンは両目を失明してしまった。
なんと言う悲劇だろう。家族が迎えに来た時彼は泣き叫んでいた。
辛かった。
この国の日本人の悲劇のニュースには事かかない。
なんと言う国に俺は来てしまったのだろう。
しかしもう引き返す事はできなかった。