T1回線(電話線の束)の容量が不足してきたのと通話記録の
セキュリティーを考えなければならなくなった。
交換機サーバーのCPUのヴァージョンアップやメモリーの増設を
かなり繰り返してきたが遂にフルモデルチェンジを行う事にしてモデルの
選定に入った。
今までサーバーはタワー型の大型パソコンぐらいの大きさだったが
今度のは確実に人間の背丈よりも大きくなる。
サーバーを置く(ハウジングと言う)場所の選定にも入った。
以前にも話したがこの業界の発展の速度は凄まじく半年経つと性能が
古臭く見えてくる。業界の雑誌を沢山取って最新の情報を収集してはいるが
毎月毎月目移りするほどの新製品が出てくる。
そしてどこでどう嗅ぎつけるのかセールスがひっきりない。
しかしエンジニアたちはすぐに新しいものに目が行くが
設備投資の費用を満足に回収しないうちから次の最新型に投資する事
を繰り返すといつまでたっても利益など出ない。
目先の値段にとらわれないで多少値が張っても後々バージョーンアップが
用意で容量が多いものを優先するが数多くの性能のチェックを比較対照するのは
大変だ。夜中にオフィスの床全部を使って拡げて技術スタッフと検討し決定し候補を
3つに絞った。その3社にプレゼンをさせ決定する。
ハウジングの場所はマンハッタンの西川向こうのニュージャージー側ほとりにある
通信機専門のビルの一角を選定した。
ここはたとえNY全部が停電になっても24時間は自家発電する設備があるし
エアコンが機械の最適温度と湿度を常に維持してくれる。
またこういう通信専門ビルはセキュリティー度は恐ろしく高く
指紋や虹彩のバイオメトリクスで識別をパスしないと中には入れない。
各フロアーにはガードマンが警備にあたりそこらへんじゅう防犯カメラだらけだ。
地震や天災にも強く水没する事もない。保険も完備している。
多くの大手の会社の交換機サーバーが同居しているがマシンごとに
金網で囲まれていて関係者以外が触れる事はできない。
このビルの横にはヨットハーバーがありおしゃれなレストランとオープンカフェがある。
後ろはショッピングセンターだ。
このビルにはヒロさんもサーバーを置いていて技術部門でもバックアップをお願いする。
ヒロさんはそのヨットハーバーのちょっと先のマンションに住んでいる。
ハドソン川を手前にマンハッタンのダウンタウンの夜景が広がる最高のバルコニーだ。
マンハッタンへの交通は地下鉄か車道のトンネルになる。
俺はこの地下鉄に乗り間違え偶然ついたのが以前話した。
ホボケンの駅だったのだ。
1920年代の雰囲気をかもし出すこの駅はシルクハットの男性やロングドレスと傘を
持った貴婦人が現れそうな錯覚を起こす。
昔は燕尾服やモーニング姿が仕事の服だったのだ。それがだんだん簡略化して今のスーツになったのだ。
サーバー搬入とセッティング、調整で約1ケ月を要した。そして古いマシンから徐々に
新しいマシンへデータを移動した。
多少の不具合が予想されるので1ケ月は2台の交換機を平行して作動させた。
そして1ケ月後、遂に新しいサーバーへの移行が完了した。
電気の消えた古い汚れたマシンを改めて見るとこの事業の立ち上げを
担ってくれた機械だと思うととても愛しくなる。
手で撫でながら「よく頑張ってくれたな。ありがとう」って一人機械につぶやいた。
当時アレだけのCPUを増設したのでファンを付けるなど冷却するのにとても苦労したが
今はすっかり冷たくなっている。あれだけ灯っていた小さなランプの色も命のともし火が消えたみたいに暗くなってまるで息絶えたように見える。
いままでほんとにありがとう。
交換機の置いてあるビルから見える景色