テレビ朝日のスポーツ局でバイトしていた時の事。
柔道の山下選手を迎えるためにロビーで待っていた。
日曜夕方午後8時頃の筑紫哲也の報道番組が始まった。
そして筑紫哲也は開口一番言った。
「大変なニュースが飛び込んできました。」なんだろうって思った。
画面は当時のカーター大統領が声明文を読んでいる。
その画面に筑紫がしゃべる。
「アメリカ政府はかねてより接触があった地球外知的生命体との
正式な平和的条約交渉中である事を発表しました。
その知的生命体は木星を周回しているイオから飛来したもので
姿形は人間にやや似ているものの小ぶりの様相であるという事です。
次回の調停交渉は来月20日バージア州において知的生命体代表団と地球側
代表団との条約交渉が行われる事が決定しました。」
画面は木星周りのイオの位置関係を示す場面になっている。
そして宇宙人のスケッチの図
それから交渉が行われる場所の地図の位置などが示されている。
そして筑紫が続ける。「これで人類は新しい時代を迎える歴史的な瞬間を迎えたのです。」
当時の俺は腰を抜かすほど驚いた。
子供のころからこの広い宇宙のどこかに人類以外の宇宙人が必ず存在し、
そして自分が生きている間に正式に宇宙人と地球人の交流が始まって
欲しいと心から願っていたんだ。
そして今日遂にその願いが叶った。
俺は興奮してスポーツ局に階段を駆け上がって飛び込んで
皆に叫んだ。「宇宙人が!宇宙人が!ついに宇宙人と人間が友達になれたんんです!」
スポーツ局の人全員がポカンとした表情で俺を見つめていた。
しばらくして上司に言われた。「頭大丈夫か?そうかお前ここんとこ寝てないからな。宇宙人は分かったから早く山下選手を迎えに行ってこいな」
それでも俺は興奮していたでも最高の気分だった。
再びロビーに戻ってテレビの続きを見た。
筑紫が言う。「えーこれはかなり真に迫って作られていましたが
これは架空の内容のニュースでした。
かつてラジオでジュールベルヌのSF小説「宇宙戦争」のドラマを放送した時、
円盤が街を襲うシーンの実況中継の場面で放送を聞いていた人が
ホンモノと勘違いし大混乱に陥った事がありました。
今回も今度はそれをテレビでテストしてみたのです。」と言った。
ロビーにいてテレビ局から振動と音が一斉に聞こえてきた。
テレビ局中の電話が鳴っているのだ。
その全てが視聴者からの抗議の電話だった。
とにかく凄まじい視聴者の怒りだった。
俺の気持ちも同じだった。
正にこれを聞いた時の俺の落ち込みようはなかった。
嘘だったのか。嘘だったのか。あの夢が叶ったと思ったのは嘘だったのか。
これがバラエティやおふざけの番組なら別に許せる。
しかし筑紫よ、お前は朝日新聞の論説委員からテレビ朝日の報道番組の
キャスターになった男だろう。
貴様に課せられた報道の使命とは何なのだ。真実を国民へ知らせる事だろう。
マスコミは今や司法、行政、立法に続く第四の権力とまで言われている
強大な力だ。
そのマスコミの報道番組を冗談のネタにして国民を振り回すなど言語道断だ。
そしてパトカーが何台も駆けつけ警官が大勢乗り込んで編成室へ乗り込んでいった。
俺は今でも筑紫哲也の顔を見るたびあの事件を思いだす。
かつてオウムに坂本弁護士の情報をTBSが渡した事があったとき
彼は「TBSは死にました。マスコミの使命をなくしてしまったからです」と言った。
俺は言いたい。「筑紫よ、お前はあの時すでに死んでいる」
しかし今でも思いだすのはあのスポーツ局に飛び込んで叫んだ時の
皆の顔を思い出すたび俺は今でも赤面する。
ぜったい、ぜったい俺が頭おかしくなったと思ったんだろうなって。